母親が、私が関心があろうと思うトピックの新聞記事を切ってくれている。
私が里帰りした時、部屋の机の上の箱に記事が入っているのだ。すばらしいキュレーターである。
ただ里帰りの時期がだいぶ開いてしまったり、切り取ってもらった記事を見るのがだいぶ先になることもあり、「新鮮な情報」では無くなることも、多々ございます。
こちらもすでに昨年のものと思われる記事を、改めて読んでいます。
(仮称)市民交流プラザ及び(仮称)教育プラザ基本設計(概要版)について
本計画は、図書館、研修所、学校などの機能を併せもつ複合施設の新築計画であるが、その機能を総称して、「教育プラザ」と呼ばれている。技術の発達に伴い、多くのメディアが生まれ、多様かつ大
量の情報を、紙媒体を使わずにやりとりするのが当たり前となった昨今においては、一方で「本」や
「図書館」は古いメディアになったとする見方もある。しかしながら、この新しい施設が、単なる「
図書館」をこえて「教育」のための施設であると考えるとき、そこには大きな可能性と未来への義務
がある。この計画に「教育プラザ」という仮称を与えた方々の思いに触発されて、今までにない、「
教育」のための建築を構想することを目指す。
②「本ではない本」を核とする新しい図書館
私たちが「教育」というプログラムに対して提案するのは「図書館の拡張」である。これまで図書館
が収めてきた「本」という知の枠組みを拡げることが、必要であると考えた。具体的には、「世代を
越えたいきいきとした コミュニケーション」あるいは「活字にならない情報」といったものの重要性を、建築の価値として取り入れる方法を模索した。ここでは、様々な世代・立場・考え方の人々が
出会い、対話を通じてやりとりされる情報を、「本ではない本」と捉え、図書館に収蔵されてきた「
本」に加え、「本ではない本」を収蔵できる許容力も持つ場所を、これからの図書館のイメージとし
て提案する。
③あるものを活かしてないものをつくる
計画を始めるにあたり、十和田に根付いた文化や風土、そして今回の敷地に対して、私たちはひとつの態度をもって、設計に取り組むことにした。それは、「あるものを活かして ないものをつくる」
ということである。官庁街通りの桜並木、隣地のさくら広場、2本の桜の古木をはじめとする敷地内
の美しい既存樹、計画敷地には、既に魅力をもった「情報」が溢れている。私たちがすべき事は、そ
れら既存の「コンテンツ」を丁寧に読み解き、新しい要素をひとつひとつ、織り込んでいくことで、
なつかしいけれど新鮮な、落ち着くけれどもわくわくする、重層的な「情報のファブリック」をつく
ることであった。既存樹を避け、互いに間合いを取り合いながら、桜並木と並走する建築ボリューム
はまさに、十和田市周辺のに古くから伝わる再生織物「さきおり」の表情を思わせるものとなった。
④市民が参加する公共空間
誰もが心地よく使える建築とは何か―それはより多くの人々の「思い入れ」を許容する場所ではない
だろうか。「サンルーム」は、「本ではない本」つまり、「対話を通じてやりとりされるいきいきと
したコミュニケーション」の集う庭として計画されている。建物内部の主要動線と、閲覧スペースを
兼ねた、光に溢れる空間で、世代を超えた人々が出会い、対話を通じてそれぞれの思い出や記憶を重
ねていく。その蓄積が、サンルームとこの施設を十和田の街に根付かせ、十和田の人々の拠り所へと
成長していくことだろう。なお、サンルーム内部のメンテナンスは、サポーターシステムの導入によ
り、ボランティアの人々によって行うことを想定している。十和田の人々の積極的な参加によって、
この建築が、この場所にしかない、魅力的な「本ではない本」へと育っていくことを願っている。
新設図書館のプロポーザルを、みるのってなんか新鮮。
建設会社さんなどがコンセプトを考えて、コンペをして、選ばれた、建設への運びとなるんですね。
図書館の利用者として、基本方針を見ると、「へぇ」と思うこともあるのでは。
「だから、このような空間なのね」と実感するときもあれば、「全然ちゃうやん」と思う人もいるかもしれません。
マニアックですが、ご近所の図書館の基本方針をチェックしてみてはいかがでしょうか。
ちなみに、安藤忠雄建築研究所による設計です。