オランダに短期留学していた時の話の続き。
この国の名物といえばフリッツ。フライドポテトです。町のいたるところに、フリッツを売る屋台やお店があります。
特徴は、フリッツに大量にマヨネーズやカレーケチャップなどをこれでもか、これでもかというくらいかけます。フリッツの存在を知らない人が、食べている人の手元を見て「ソフトクリームをスプーンで食べてるんだ」と勘違いするのでは、と思えるくらいマヨネーズがもんもりと乗っかっています。
マヨネーズが、ですよ。
このおやつで1日分のカロリーを摂取できるのではないか、という勢いです。
20歳の私といたしましては、体重も気になるお年頃。ダイエット中でしたので、フリッツの摂取は控えておりました。あと、私がポテトを食べるのを避けていたのです。それは鎌倉家に口承で伝わる、ある出来事にも関わっていたからです。
2012年4月、大きなレポートの提出が終わり、あとは試験を残すのみとなっていました。聞きなれないブリティッシュイングリッシュでの授業は当初困難を極め、またアメリカ時代の先生方と違い(すいません)、レポートに要求される単語も噛み砕いたものではなく難しい言葉を使うように指導され、へとへとでした。
「ちょっとパワーが減少してる。栄養を取らねばいけないな」と思い、町に出た私の前に現れたのがフリッツ屋の光だったのです。
その時、夜の21時を回っていました。こんな夜遅くに、油で揚げたポテトにこれでもかとのったマヨネーズを摂取してよいものか。乙女心がゆれました。
その時、神の啓示が聞こえたのです。「ここまでがんばったんだ。いっちゃえ、いっちゃえ」と。
正直、マヨネーズはトッピングなので断ればいいんですよ。でもオランダ生活もあと少しと終わりが見えていました。あと数週間でこの国に別れを告げるのです。
「オランダにどっぷりつかってやろうじゃないか」というきもちも沸いてきたのです。そして私はマヨネーズの海の飛び込みました。それも、ラージサイズを注文しました。
次の朝、腹部の激痛で目を覚ましました。今まで経験したことのない痛みです。
「あ・・・」
私は昨日、家に伝わる教訓を思い出しました。いや、思い出したのではなく、昨日、大丈夫だろうと高を括っていたのです。なんてバカなことをしてしまったんだ。
「ポテト、食べなきゃよかった」
後悔先に立たず。私は病院へ運ばれることを覚悟しました。
大学の先生を呼び、私が住んでいた町・マーストリヒトの大きな病院に連れて行ってもらいました。激痛はいつまでたっても治まりません。オランダ人の医者が、英語で私に症状を聞いてきます。日本の病院で日本語で聞かれても、この痛みの中でうまく答えることが人間はできるのでしょうか。そんな人は強くあれるのか。体をくの字に曲げながら、医師の質問に答えていったのです。
検査の結果が告げられました。そして医師は一言、私に問うたのです。
「手術になりますが、よろしいでしょうか」
私は実家に国際電話をしました。治まらない痛みをこらえ「早く出てくれ」と念じながら。
がっちゃ。受話器から母の声が聞こえました。
「お母さん、昨日、こっちでポテトをたくさん食べたんだよ。そうしたら、私もなっちゃったんだよ」
「え、まさか」
「そう、盲腸に」
母は小さい時から、私に虫垂炎になった時のエピソードを聞かせてくれていました。
「家にポテトサラダがあったのよ。それをね、たっくさん食べたの。そうしたら次の日、盲腸(虫垂炎)になっちゃって、手術したのよね」
都市伝説か分かりませんが、ブドウの種を飲み込んで盲腸に入ると炎症を起こし、虫垂炎になる、という噂を小学校の時、友達から聞いたことがありました。でも私の中では、ブドウの種ではなくおそるるべきはポテトだったのです。
さて、異国での手術に私は乗り気ではありませんでした。できれば痛み止めをもらって、飛行機に乗り、日本で手術を受けられないかと考えていました。
子を心配する親ならこの意見に賛成してくれる、そう思って母に打診をすると。
「幸子、手術はオランダで受けなさい」
「え」
母は知っていたのかもしれません。虫垂炎でここまで痛くなったら、手遅れになるかもしれないことを。移動中に時間をとられるくらいだったら、今すぐ手術をしたほうがよいということを。
「お母さん」
と声をつまらせる私に、母は言ったのです。
「だって、オランダって解体新書を出した国よ」
「か、解体新書・・・・」
「そう、解体新書。杉田玄白が訳したやつ」
「そうだよね。ある意味、すごい本だよね」
そうして私はオランダで人生初の手術を受けたのです。
さてさて、日本で虫垂炎の手術を受けた人の話を聞くと、傷は数センチといっていました。私の傷は10センチあまり。しかも縫っていたのは糸ではなく、針金のような鉄製のものでした。
今でも古傷のように右下の腹部に赤い線が残っているのは、手術自体の問題だけではなく、入院中に起こった数々の事件が引き起こしたものかもしれません。
その話はまた後日。
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